夏も近づく八十八夜の歌詞の意味は?いつから数えてのこと?

タイトルはすぐに思い浮かばないものの、誰もが一度は耳にしたことのある童謡でも知られている「夏も近づく八十八夜♪」といったフレーズからはじまる歌。

その歌詞の意味は、いまいちピンとこないけれど、きっとそれなりに意味のあるものであるに違いないと思いませんか?

今回は、そんな気になってしまう、夏も近づく八十八夜の歌詞の意味や、いつから数えて八十八夜?についてのお話をさせていただきたいと思います。

八十八夜とはいつから数えてのこと?

ちなみに、「夏も近づく八十八夜♪」ではじまるこの歌ですが、そのタイトルは、「茶摘(ちゃつみ)」です。

そして、八十八夜というくらいですから、ある時点をさかいに数えて八十八番目の夜であるという意味合いになるはずです。

では、それは一体いつからカウントを開始するのかというと、じつは、立春の日から「八十八日目」であることからその名がついたとされています。

つまり、毎年日にちが変わることになるのです。

八十八夜は、立春や啓蟄、春分といった「二十四節気」のようなものである「雑節」という節目の一つのことを言います。

立春から数えて八十八日目を、八十八夜と呼ぶようになった由来についてですが、お茶摘みなど農業に従事する人びとが多かった当時、この頃に種をまいたり、田植えの準備をしたり、春の農作業を開始する時期に、あたっていたことが関係しています。

八十八夜の数日後には二十四節気でいう「立夏」になりますので、昔の人びとはこの時期を、夏の準備を始める時期ととらえていました。

ほかにも、八が「末広がり」であることから、ゲン担ぎの意味でも採用されたのではないかと言われています。

八十八夜は、そんな縁起のよい「八」の字が二つ重なっていることから、より願いを込めるのに最適であったと思われます

また、「八」「十」「八」の3つの字を組み合わせると「米」という字になることもあって、とりわけ農業に従事する人びとにとっては、特別な意味が込められているのですね。

スポンサーリンク

夏も近づく八十八夜の歌詞の意味は?

そんな「茶摘」の歌詞ですが、以下ご紹介させていただきます。

1.
夏も近づく八十八夜
野にも山にも若葉が茂る
あれに見えるは茶摘みぢやないか
あかねだすきに菅(すげ)の笠

2.
日和(ひより)つづきの今日このごろを
心のどかに摘みつつ歌ふ
摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ
摘まにゃ日本(にほん)の茶にならぬ

すなわち、一年に一度しか味わえない、みずみずしい新茶が取れることをめでたく思いつつも、そういった情景を想像してみてほしい、感謝してほしいといった願いや希望、お茶の宣伝をも兼ねた、重畳的な意味合いを持った歌であることがお分かりいただけるのではないかと思います。

夏も近づく八十八夜の歌詞の意味は?のまとめ

いかがでしたか?

日本人にとって、お茶という飲み物・農産物は、特別な思い入れのあるものです。

とくに意識することなく、毎日飲んでいたり、子どもの頃から慣れ親しんできた、まさに故郷や実家の味であり、懐かしさとともにやすらぎ、ときには癒しまでも与えてくれるものです。

そんな、お茶の歌の意味を読み解くことによって、もっとお茶とお茶を栽培している農家さんに感謝しながら、いただくことも、感慨深いかもしれませんね!

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする